素敵な空間でのおはなし。
あー、おいしかったー。
おなかもこころも満たされて、幸せな気分でいっぱいになる。
と、同時に、時間が気になる。
あー、どうしよう。もう10時かぁ。
そろそろ出ないと、ヤバイかな。
楽しくて幸せな時間は、あっという間に過ぎてしまう。
あぁ、なんて贅沢な時間だっただろう。
いやいや、そんな気分に浸っている場合じゃない。
終電の時間が……いや、最終新幹線の時間が。
終電を逃すくらいであれば、タクシーという手がある。
まぁ、5000円位なら、なんとか。
でも最終新幹線を逃すと、どこかに泊まるしかない。
さすがに、京都から名古屋へタクシーで帰るわけにもいかない。
いくらかかるんだか……。
あ、5000円で泊まれるところを探せばいいのか。
いやいや、そうしたところで、明日は早起きをして帰らなければならない。
たまーに泊まるならいいのだけれど、なんだか毎週のように出かけている。
独り身の自由さをまといながら、どこかで実家暮らしの不自由さを感じる。
でも、この空間にもっともっといたい。
あー、どうすれば。
そう考えている間に、時計の針は進んでいく。
このままじゃ、楽しめないじゃないか!
「そろそろ帰ります! すいません!」
覚悟を決めた。
現在の時刻は、10時15分。
タクシーで行けば、京都駅10時46発の最終新幹線に乗れるはず!
鴨川沿いの大通りに出て、タクシーを拾う。
拾う、つもりが、拾えない。つかまらない。
反対車線にはいっぱい走ってるのにー。
なんでー。
焦る。
大丈夫です! と、せっかく飛び出てきたのに、
新幹線に間に合いませんでしたー、なんて恥ずかしい。
あー、もうっ!
あっ! いたっ!
止まってー。
必死の願いを込めて、手を上げる。
よかったー。止まってくれたよー。
「お願いします! 京都駅まで! 新幹線の方で!」
「はい、八条口ですね」
走り出して、すぐに信号につかまる。
あーあーあーあー。
やばいかなー。間に合わないかなー。
ムリを承知で、運転手さんにお願いをする。
「すいません、急いでいただけませんか?」
「はいっ! 何時の新幹線ですか?」
「46分なんです……」
「わかりました!」
と、言ったと同時に運転手さんにスイッチが入る。
アクセル全開。
お願いしたのは私だけど、ちょっともう少しスピード抑えて、と言いたくなるくらい飛ばす。
マジ飛ばす。
この道で、そんなに飛ばしちゃいますか。
まーじでーすかー。
到着時刻、10時32分。
いや、すごいです。ありがたいです。
運転手さん、感謝です。
お金を手にして「おつりはいいですのでー」と、去ろうとする私。
「いやいや、大丈夫です。間に合いますから、お釣り用意します!」
本当ですか? いいんですか?
もう、本当に本当に、感謝でございます。
ビバ、タクシー。
素敵すぎます、運転手さん。
そう、京都のタクシーの運転手さんって、素敵な人が多いです。
「世界の共通語って、なにか知ってはりますか?」
最近は、英語を話せますよーってタクシーが京都では多いらしい。
あんなん、しょーもない。って、話し始めた運転手さんでした。
要は、よそもんのタクシーっぽい。
世界の共通語って、なんだろう? って考える。
「えーなんですか? 世界共通語って?」
「ぼでーらんげーじ、ですわ」
ほぅ。
「チャップリンの映画、あるでしょ。あれって、ちっちゃい子供でもわかって、笑うんです」
あぁ、なるほど。
話そうとする気持ちが大事なんだ。
伝えようって思う気持ちが大事なんだ。
ほんの数十分のあいだに、素敵なことを教えてもらいました。
ほんのちょっとのひととき。
ぐうぜん乗ったタクシーで、素敵な会話ができる。
本当はもっと余裕を持って、電車とかバスで移動をすればいいのだけれど、
荷物が多いし、とか、天気が悪いし、とかって言い訳をして
ついつい横着になってしまい、ついついタクシーを使ってしまう。
出先では、距離感がつかめないし、代金のことを考えると
ちょっとタクシーを使うのはこわいときもある。
それでも、素敵な運転手さんに出会うことができると、タクシーに乗ってよかったなーって思うことができる。
それにしても、終電駆け込みは、危険、ですよね。