ホワイトデーの悪夢

そういえば、今度の水曜はホワイトデーだったな。

 

日曜の午後、Netflixのドラマの最終話を見た後、思い出した。

急に現実に戻された。

バレンタインでは職場で何人かにチョコをもらった。

義理、ということはわかっている。

「……寒っ」

お返しをしなかったときのことを想像したら、急に寒気がした。

何もお返しをしないなんて恐ろしいこと、できるわけがない。

 

去年の今ごろのことだ。

 

「ねー、佐伯さんからお返し、ヤバくない?」

「あーヤバイヤバイ。なんであれなんだろう?」

「変わってるとは思ってたけど、ねぇ」

会議室に忘れ物をして取りに来たのだが、片付けをしている事務の女性たちがいた。

変なところに出くわしてしまった。

「でもさー、まだ、くれるだけ良くない?」

「まーね。加藤氏はなーんもないからね」

「バレンタインのときは、くれくれオーラを出しまくってたのにね」

「来年は、コンビニチョコくらいにしとこうかな」

「いやー、それももったいないくらいでしょ」

彼女たちは、そういう情報を共有しているのか。

「あっ、部長のお返し、あれすごくない?」

「そうそう! お取り寄せしないと買えないやつじゃない?」

「しかも、予約待ちでしょ? さっき見たら、2ヶ月待ちだって」

「マジ!?」

「さすが、仕事のデキる人は違うよねー」

「奥様が用意してるんじゃない?」

「それも含めて、素敵なんだよー」

あぁ、入りづらい。

でも、あの書類がないと、仕事進まないし……。

仕方ない。突入しよう。

 

コンコン

 

「はぁーい」

「書類、忘れてませんでした?」

「えーっと、あ、これですか?」

「あ、そうそう。ありがとうございます」

俺は聞いていない。俺は聞いていない。

何事もなかったかのように振る舞えているかで、頭がいっぱいだった。

仕事に戻ろうと、ドアノブに手をかけたときだった。

「清水さん!」

「え? あ、はい?」

「あれ、あのお菓子って、どこに売ってるんですか? あの、クリームの入ったやつ」

えー、まさか、直接ダメ出し?

「あー、あれ、美味しかったよねー。外がサクサクで」

あ、ダメ出しじゃない?

「あれは、うちの近所のパン屋さんで……」

「えーっ、パン屋さんに売ってるんですか?」

「また食べたーい」

「じゃあ、また買ってきますね」

「やったー、待ってまーす」

 

実のところ、当日の朝まで忘れていて、なんとか間に合わせたお返しだった。

あれから暫くの間、彼女たちの加藤さんへの態度はひどかった。

電話の取り次ぎを忘れたり、間違って書類をシュレッダーしちゃったり。

あれで、加藤さん、しばらく営業成績落ちたもんなー。

何も贈らないなんて選択、恐すぎる。

 

……どうする? 今年。

 

ところで、佐伯って、何をあげたんだろう。

「ヤバイ」と連呼されてたけど。

よく飲みに行くけど、あんまりそういうことを話すことはないよな。

かぶるといけないし。いや、あいつとはかぶらないか。

でも、まぁ、聞いて、みようかな。

 

『佐伯、いま時間ある?』

LINEを送る。

すぐに既読になった。

『なに?』

『ホワイトデー準備した?』

『ああ、仕込み終わったとこ』

仕込み? 何を仕込んでるんだ?

続けて、画像が送られてきた。

 

……なんだこれ?

ビンがいくつか並んでて、中には赤や黄色や緑や……わからん。

 

『これ、なんだ?』

『ピクルス』

は?

ピクルス?

ピクルスって、バルとかで出てくるやつか?

『去年、ウケたから今年も』

『去年より、カラフルにしてみた』

『清水も食べるか?笑』

 

……いや、俺はいい。

なんだって、佐伯が作ったピクルス食べなきゃいけないんだ。

 

『みんなにあげる分が少なくなるといけないから、遠慮しとくよ』

 

あ、そうだ。

駅前にインスタ映えするっていう、マシュマロの店があるって、テレビでやってたな。

買ってくるか。

 

 

ホワイトデーにピクルスか……。

 

 

 

※これはフィクションです